日本の化粧品市場で、ブランドが最初につまずくのは処方でも価格でもなく、「言葉」です。製品そのものに問題がなくても、パッケージの一行、商品ページの一文、インフルエンサーの投稿ひとつで行政指導の対象になります。本稿は、日本で化粧品を企画・輸入・販売する立場の人が、そのまま上から順に進められる実務手順としてまとめました。
1. なぜ「表現」が最大のリスクになるのか
日本では、化粧品の効能表現に対して三つの法体系が重なって適用されます。
ここで重要な原則がひとつあります。表現の責任は、基本的にブランド側(製造販売業者)にあります。製造工場は処方の安全性と製造の品質に責任を持ちますが、広告文の適法性までを肩代わりしてはくれません。海外の工場が「この表現で大丈夫」と言っても、日本の制度の中では何の保証にもなりません。
STEP 1:製品の区分を確定させる
すべてはここから始まります。何を言いたいかを考える前に、その製品がどの区分になるかを決めます。
判断の実務的な分かれ目は「言いたい効能」からの逆算です。「シワ改善」「メラニンの生成を抑え、シミ・そばかすを防ぐ」「育毛」などを正面からうたうなら医薬部外品。「うるおい」「ハリ」「ツヤ」「キメ」で足りるなら化粧品。この選択を最初に固定してください。ここがぶれると、後続のすべての工程がやり直しになります。
医薬部外品では、厚生労働大臣の承認を受ける前の広告が法律で禁止されています(薬機法第68条)。つまり「承認待ちだから、とりあえず予約ページを公開しておく」ことはできません。この段取りは、中国の事前広告が可能な運用とは根本的に異なります。
STEP 2:言いたい効能を棚卸しして、56項目と照合する
化粧品として展開する場合、表示できる効能は56項目に限定されます。これは「例示」ではなく「限定列挙」です。
頻出表現の判定表
やり方
- パッケージ、外箱、商品ページ、広告、SNS 投稿案、インフルエンサーへの依頼文まで、すべての文案を一覧表に書き出す。
- 一文ずつ、56項目(または医薬部外品として承認された効能)と照合する。
- 該当しない表現は、削除ではなく「翻訳」する。「美白」→「ツヤ・キメ・なめらかさ」。言いたいことを捨てるのではなく、56項目の語彙に置き換えるのが実務のコツです。
STEP 3:裏付け(エビデンス)を設計する
56項目の内側に収まれば自由に書ける、というわけではありません。景品表示法は、効能の表示について「合理的な根拠」を求めます。消費者庁から資料の提出を求められたときに、期日内に出せる状態にしておく必要があります。
用意すべきデータの種類
金額と期間は実施機関・被験者数・測定項目で大きく変動する業界一般の目安です。ここで一つだけ強く言っておきます。「とりあえず数値を取る」のではなく、「何を主張したいか」を先に決めてから試験を設計してください。主張と測定項目がずれた試験は、お金を払っても裏付けになりません。
STEP 4:製造と輸入の法務を手配する
海外で製造して日本で販売する場合、ここが日本固有の難所です。
登場する人物と役割
「製造販売業許可は海外の工場が直接持てない」という一点を、まず覚えてください。したがって、海外工場でつくった製品を日本で売るには、次のいずれかの体制が必要です。
- 自社が日本法人として製造販売業許可を取得する。
- 許可を持つ日本のパートナー(選任製造販売業者を含む)を通じて上市する。
いずれの場合も、海外工場は外国製造業者届出を行い、日本側の製造販売業者との間で品質取決め書を取り交わします。この文書が日本独自の要件で、出荷判定の権限、変更時の連絡方法、逸脱発生時の対応、クレーム・回収の分担を具体的に定めます。英語で済ませず、日本語で取り交わせる体制があるかどうかをパートナー選定の条件に入れてください。
STEP 5:表示・広告の実装チェック
書き終えたら、次のリストで全件確認します。
- [ ] すべての効能表現を56項目(または承認効能)と照合した
- [ ] 「100%」「必ず」「絶対」「医薬品並み」「医療用」などの絶対表現を削除した
- [ ] 「治る」「治す」「改善」「消失」など、疾病を想起させる表現を使っていない
- [ ] 数値(「〇%が実感」「〇週間で」)は試験条件つきで正確に記載した
- [ ] 使用前後の写真は、同一条件・同一照明で撮影し、加工の有無を明示した
- [ ] SNS・口コミサイトへの投稿依頼には PR 表記(ステルスマーケティング規制対応)
- [ ] 医薬部外品の場合、承認前に一切の広告を出していない
- [ ] 裏付け資料(試験報告書、文献)を社内に保管し、いつでも提出できる状態にした
ステルスマーケティング規制は日本で最重要の実務変更
2023年10月1日から、事業者が依頼したにもかかわらず、一般消費者が広告だと判別できない表示は、景品表示法上の不当表示として規制対象になりました。実務的には、インフルエンサーに商品を提供して投稿してもらう場合、投稿側に「PR」「広告」「プロモーション」の明示を徹底させる必要があります。
@cosme のような口コミサイトは、この規制の影響をとくに強く受けます。「自発的に書かれたように見せる」施策は、もはや法律上のリスクです。口コミは「自然発生するものを丁寧に拾う」方向へ設計を切り替えてください。
STEP 6:発売後の監視と更新体制
上市して終わりではありません。GVP に基づく製造販売後安全管理が製造販売業者の義務です。
- クレームの記録と評価:肌トラブルの申し出は、原因究明と再発防止までを記録に残す。
- 行政情報の確認:厚生労働省・消費者庁・都道府県の通知は随時更新される。
- 処方・原料の変更管理:変更があれば品質取決め書に沿って日本側へ連絡し、必要に応じて再評価する。
- 広告の定期見直し:キャンペーンごとに表現審査をやり直す。一度通った表現が、将来も通るとは限らない。
費用と期間の全体像、そしてよくある失敗
そして、現場で繰り返し見かける失敗が三つあります。
- 「工場が大丈夫と言っていた」 — 工場は処方と製造品質に責任を持ちます。表現の適法性はブランド側(製造販売業者)の責任です。責任の所在を誤解したまま進めると、指摘を受けたときに対応できません。
- 「インフルエンサーが勝手に書いたから関係ない」 — 事業者が依頼し、または対価を支払った表示は、事業者自身の表示とみなされます。ステマ規制の対象です。PR 表記の徹底を依頼文に明記してください。
- 「本国で実績があるから十分」 — 海外での試験データは、日本の生活者を対象としたものではありません。気候、生活習慣、肌特性が異なる以上、日本での裏付け、または同等性を説明できる資料が必要です。
まとめ:順番を守れば、リスクは管理できる
日本の効能表現は厳しく見えますが、やるべきことは決まっています。区分を決める → 56項目と照合する → 裏付けを取る → 輸入の法務を整える → 表現を実装する → 発売後も監視する。この順番を守れば、リスクは十分に管理できます。
逆に、順番を飛ばすと必ずどこかでつまずきます。とくに「表現を先に決めてから、裏付けを探す」という逆順は、日本ではもっとも危険な進め方です。
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本稿は一般的な実務の整理であり、個別案件に対する法的助言ではありません。効能表現の最終判断、医薬部外品の承認要否、許可の取得要件は、必ず薬事の専門家および所轄の都道府県・厚生労働省の最新の運用に照らしてご確認ください。